No.71 根本を掴み、原理に則れ

根本原理である「一」を得る

《老子・第三十九章》
「昔から一を得たものがあり、(その中で)天は一を得ることで清浄で、地は一を得ることで安寧で、神は一を得ることで霊妙で、谷は一を得ることで充足し、万物は一を得ることで生育し、君主は一を得ることで天下の貞直となる。そのようにこれらをさせるのは一だからである。

天がそれ(一)でもって清くなければ、あるいは恐らく裂けるだろう。
地がそれでもって安寧でなければ、あるいは恐らく発動するだろう。
神がそれでもって霊妙でなければ、あるいは恐らく止(や)むだろう。
谷がそれでもって充実していなければ、あるいは恐らく涸れるだろう。
万物がそれでもって生育することがなければ、あるいは恐らく滅びるだろう。
君主がそれでもって規範とならなければ、あるいは恐らく倒れるだろう。

故に、尊いものは賤しいものでもって根本とし、高いものは低いものでもって基盤とする。こういうことから君主は、自らを孤児・寡人・不幸者と呼ぶ。
これは賤しいものを根本とするからではないか。そうではないのか。
故に名誉を欲張るならば名誉はない。美麗な玉のようなものを欲することなく、ごろごろした石のようでいるのだ。」

※原文のキーワード
清浄…「清」、安寧…「寧」、霊妙…「霊」、充足…「盈」、生育…「生」、君主…「侯王」、貞直…「貞」、させる…「致」、あるいは…「将(はた)」、発動…「発」、止(や)む…「歇」、涸れる…「竭」、倒れる…「蹶」、尊いもの…「貴」、根本…「本」、低いもの…「下」、基盤…「基」、孤児…「孤」、寡人…「寡」、不幸者…「不穀」、名誉…「輿」、欲張る…「致数」、美麗…「ろくろく、※ワードに無し」、ごろごろ…「らくらく、※王+各だがワードに無し」

天地の奥にあるのが「道」

「昔」は原初、「一」は天地自然の原理である「道」を表しています。
一は一元の一で全ての根元であり、あらゆる物事を成り立たせる根本原理です。

「昔から一を得たものがあり」という言葉は、原初から根本原理である「道」を得たものにいろいろあって、という意味になります。それが天ならば一によって清く澄み渡り、地ならば一によって安らかに定まるとのことで、老子は天地を「道」によって成り立つものの筆頭に挙げたのです。

深く考えなければ、天地自体が万物の根元ではないかと思えてしまうところですが、そのもっと奥に原理としての道が存在しているというわけです。
老子にすれば、天地すら「道の現れ」に他ならないのでしょう。

次に「神は一を得ることで霊妙で」とあります。「神」は神々で、土地の神や穀物の神などです。それらが霊妙な働きを示せるのも、道の働きが根底にあるからです。

命を育む力も道が元

「谷は一を得ることで充足」するの「谷」は、全て集めてしまう器のことです。
包容力としての母性の象徴でもあります。また、女陰の比喩であり、あらゆるものを生成する造化の門を示しています。この命を生む力も、やはり道が元になっております。こうして「万物は一を得る」ことで生成化育していくのです。

さらに、道の働きは人にも及び、「君主は一を得ることで天下の貞直となる」と。
世の指導者も、一を得て根本原理に立つことによって「天下の貞直」、すなわち世の中の正しい規範になると言いました。

何事も根本を掴み、原理に則らないと上手く機能しないし長続きしません。
生長にも繁栄にも、そうさせる要因があるのであり、「そのようにこれらをさせるのは一だからである」と老子は強く主張するのです。(続く)