No.77 理念の「言葉の定義」を明確にしよう

経営者の心は、経営者になってみなければ分からない

経営理念について、もう一つ述べておきたいことがあります。それは、経営理念を作る上での注意事項です。その第一は既に述べた通り、経営者の体をくぐった言葉であるということです。

第二は、「言葉の定義」の明確化です。経営者にとっては泣けるほど自信満々の、見事に結晶化された言葉であっても、それがそのままストレートに社員に伝わることは、まずありません。社員にしてみれば、一種の「御経」くらいにしか感じられないのが一般的でしょう。

経営者の心は、経営者になってみなければ分からないものです。経営理念には、「経営者の苦労と感動」という裏打ちがあります。当たり前ですが、社員にはそれがありません。そもそもプロセスが違うのですから、理念を発表すれば、たちまち理解して貰えると期待するほうがおかしいのです。

勿論(もちろん)理念は、経営者の信念を基に、社員やスタッフに通用する普遍的な言葉にまとめられています。誰が読んでも分かり易い、洗練された表現になっております。でも、言葉に込められた真意や悲願というレベルになると、なかなか簡単には伝わりません。繰り返し唱和することで、少しずつ浸透していくのが理念というものの性質なのです。

勝手な解釈が横行するようでは困る

その浸透させる上で心懸けるべきことが「言葉の定義」です。理念の唱和を長年続けていても、経営者が思っている意味と、社員の理解がずれていたのでは何にもなりません。理念が無いよりはまし、という程度に低迷しかねないのです。

経営理念を打ち出して10年以上も経ってから、何かのきっかけで真意が全然伝わっていなかったことを知って愕然とした、などという体験談を経営者からしばしば耳にします。そのときの経営者の、うつむいた淋しそうな顔といったらありません。

言葉というものは、それが結晶化された言葉であればあるほど、定義をきちんと明確にしておく必要があります。そうでないと、勝手な解釈が横行するようになってしまい、害となる場合すらあり得ます。

理念の中に「元気な社会を創ります」という言葉があるとしましょう。その「元気」とは一体何なのか。単に賑やかなことなのか、それとも万物を育む「根元の気」のことなのか。それによって解釈が全然違ってきます。

前者なら、騒いだりはしゃいだりしていればいいという、低レベルの理解に留まりかねません。後者なら、「我が社の仕事は、社会の繁栄の元を起こすところにある」という理解に到達させることが可能になるのです。(続く)