No.82 国民は山、君主は谷という関係が、老子流の政治原理

一は、あらゆるものの基本原理

既に述べた通り、生長にも繁栄にもそうさせる要因があり、老子はそれを「一」と表現しました。一は一元の一で、全ての根元です。あらゆる物事を成り立たせる根本原理が「一」なのです。

何事も、その根本を掴み、原理に則らないと、上手く機能しませんし長続きもしません。原理の具体例として「経営の原理原則・十カ条」を書きましたが、ここから老子・第三十九章の解説に戻ります。

一は、あらゆるものの基本原理です。天なら、一によって清まらなければ裂けてしまい、地ならば、一によって安定していなければ動揺してしまいます。霊妙な働きを現す神々も、一によらなければ、その力が止まってしまいます。山に降った雨を集めてしまう谷も、一の原理から外れれば水が涸れてしまいます。

君主は国民のために存在している

天が裂けるというのは、フロンガスなどによってオゾン層が破壊されるのが例でしょう。重力という原理に逆らって、上っていくフロンガスによる天の破壊現象です。地が揺れるのは、地盤の緩い埋め立て地に起きる液状化現象が例になるでしょう。安定力の低い浅瀬や沼地を埋めて宅地を造成すれば、一の原理から外れた街づくりになってしまうのです。

神々の中には、穀物の神や竈(かまど)の神があります。穀物の神が一から外れれば、天地自然の働きを無視して種を蒔くことになり、米や麦を育てられません。竈の神が一によらずに働けば、火の原理に則らないで御飯を炊くことになり、焦げたりして美味しく頂くことが出来ません。

谷ならば、山より下に位置しているから雨水を集められるというのが、その原理(一)です。谷が山の上に立とうとでもしたら、一に逆らうことになって水は涸れるのが当然です。

そうして、何事も一でもって生育するのでなければ、滅びてしまうのが万物の運命なのです。

人間世界にあっても、政治を導く君主が根本原理によって規範とならなければ、国家社会は倒れてしまうことになります。「君主は国民のために存在している」というのが、その原理(一)であり、もっと言えば「国民の下に君主が位置する」のが国家安泰の基本なのです。国民は山、君主は谷という関係が、老子流の政治原理というわけです。(続く)