No.84 いい加減な世間の評判に左右されないこと

予測が当たらないのはなぜか

「予測なんて、まず当たった試しがない」。「そもそも予測というものは、外れるのが普通だ」。そういう意見を、しばしば耳にします。

なぜ予測は当たり難いのでしょうか。統計に基づく予測の場合、その大きな理由は「このまま行けば○○まで伸びる」とか、「このまま推移すれば何処其処(どこそこ)まで悪くなる」という、直線思考で物事を推測している点にあります。現在の延長上でしか思考出来ていないのが原因というわけです。

季節の巡りや昼夜の交代などから分かるように、自然界は循環しながら活動しています。自然界ばかりか人間社会にも、東西文明に見られる800年周期から、経済や景気の変動に至るまで、山あり谷ありの現象が見られます。

そういう循環の思想と共に、万物は「有」から生まれ、「有」は「無」から生まれるという、老子流の生成観が出ているのが第四十章です。東洋思想を考える上で、外してならない大事な章となっています。

《老子・第四十章》
「反復は、天地自然の原理による運動である。
柔弱は、天地自然の原理による作用である。
天下の万物は有から生じ、有は無から生ずるのだ。」

※原文のキーワード
反復…「反」、天地自然の原理…「道」、柔弱…「弱」、作用…「用」

陰極陽転・陽極陰転の運動を見よ

「反復」の「反」は「返」に通じ、元に戻ること、復帰を意味します。何事も根元に帰ろうとするのが、「道」すなわち天地自然の原理に基づくところの運動です。

冬の寒さが極まると暑い夏に向かい、暑い夏が極まると寒い冬に向かうのが、その例です。冬が陰、夏が陽ですから、この現象を「陰極まれば陽に転ず。陽極まれば陰に転ず」と言い表します。一日の夜と昼の巡りも同じことです。

この陰極陽転・陽極陰転の運動をもとに社会を見れば、直線的な思考に囚われることなく、曲線思考でもって将来を見通す力が付いてきます。「ここまで急に膨張すれば、遠からず分裂するだろう」とか、「この落ち込みは、間もなく底を打って上昇に転ずるだろう」などということが、大まかながらも見えてくるのです。

道家(老荘思想)の大人物が世間の毀誉褒貶(きよほうへん)に惑うことなく、どっしりとした人生を歩むことが出来るのは、「循環の思想」を持っているからです。毀誉褒貶とは、誉められたり貶(けな)されたりすることです。世の中は、人の表面だけ見て、やれ見事だの、もう終わりだなどと言ってきます。そういういい加減な評判に左右されることのない達観が、人物の基本的気構えに必要なのです。(続く)