No.90 先に進むほど、ゴールは遠くなる

まだ学んでいないことの多さを思い知らされる

続いて「前に進む道は、後退しているかのようだ」という言葉の解釈です。前に進んでいたはずなのに、気が付いたら後ろに下がっていた、などというミステリアスな話ではありません。

「後退だ」と言っているのではなく、「後退しているかのようだ」と表現している点に注目しましょう。その言い回しに、老子の伝えたい意味があるのです。

何かの稽古を長く続けている人が経験することですが、先に進めば進むほど、ゴールが遠いことに気付かされます。そろそろ半分くらいまで来たかと思いきや、逃げ水のように先がどんどん遠のいていって、これから向かっていく道のりの長さに嘆息してしまいます。

学業や仕事でも、熱心に続けるほど同様の感覚が生じます。まだ学んでいないことの多さを思い知らされたり、仕事の能力や技術を磨くことに終わりはない、ということに気付かされたりするのです。

レベルが上がるほど、稽古量を増やさないと現状維持すら難しくなる

筆者は以前、居合道や合気道の道場に通っていました。道場に通う時間のない今も、基本動作だけは続けています。

入門したばかりの頃は、ゼロからスタートするのだから、少しの努力で成長を実感出来たものです。約90分間の稽古を終えると、今日も頑張って汗を流したという満足感がありました。

ところが、ある頃から、あまり成長を感じられなくなる段階に至りました。最初の時期ならば、一週間に一度の稽古でも上手くなったのに、その程度の練習では調子を掴めないまま、むしろ下手になっていく自分がいたのです。レベルが上がるほど、稽古量を増やさないと現状維持すら難しくなっていくわけで、「前に進む道は、後退しているかのようだ」ということの意味は、そういうところにあるのではないかと思われます。

また、先に行くほど、基本の重要性に気付かされます。基本とは、入門の最初に教えられた「体の動き」であり、何年経っても毎回必ず行う単純な動作のことです。初心に戻って基本を入念にチェックする先輩たちの様子が、端(はた)から見れば「後退しているかの」ように見えてしまうこともあり得るでしょう。
(続く)