No.100 対立している二者を、互恵共生の関係に変える働き

ノーベル物理学賞の湯川秀樹博士は、研究のヒントを『老子』から得た

あらゆる物は、陰気と陽気と、それらを調和させる沖気の「三」で成り立っている。そう教えているのが第四十二章です。

湯川秀樹博士は幼い頃、祖父から漢籍素読の指導を受けました。その影響から『老子』を読まれ、中間子理論のヒントを本章から得ることになります。そして、日本人初のノーベル賞(物理学賞)を受賞されました。(中間子とは、陽子と電子の中間の質量。これが原子核内部にあって、陽子や中性子を互いに結合させるための、強い相互作用の媒介となる)。

《老子・第四十二章》
「道から一が生まれ、一から二が生まれ、三から万物が生まれる。万物は陰を背負って陽を抱き、沖気でもって調和している。

人の嫌うところは、孤児と寡人と不幸者だ。それなのに王侯は、それらを自称としている。物は、ことによっては減らすと増え、増やすと減ってしまうものだ。

世間の人が教えるところを、私もまた教えよう。強梁なる者は、まともな死に方が出来ないと。私はまさに、これを以て、教えの父としている。」

※原文のキーワード
背負う…「負」、調和…「和」、嫌う…「悪」、孤児…「孤」、寡人…「寡」、不幸者…「不穀」、自称…「称」、ことによっては…「或」、減らす…「損」、増やす…「益」、世間の人…「人」、まともな死に方が出来ない…「不得其死」、教えの父…「教父」

気は、天地自然を構成する基本的エネルギー

「道」は天地自然の根本原理です。道から、太極である「一」が生まれます。太極とは、陰陽に分かれる前の根源状態のことです。

その「一」から、陰気と陽気の二気、つまり「二」が生まれます。さらに「沖気」が加わって「三」となり、「三」から万物が生まれるのです。

陰気・陽気・沖気。これらは、いずれも「気」の内容です。気は旧字が「氣」で、一説によれば、米を炊くときに上がる湯気のことだそうです。湯気は、一定の形がないから掴みようがありません。見るからに弱々しいのですが、蒸気の力になれば、重たい蓋(ふた)を持ち上げてしまいます。

古代の中国人は、そこにエネルギーの存在を認めました。気は、天地自然を構成する基本的エネルギーです。あらゆる存在と、その活動を成立させている根元的質料なのです。人間を生かしている力も気でもあり、元気、勇気、本気などの熟語がそれを示しています。

さて、「沖気」の「沖」には、虚しい、偏らない、和らぎ整うといった意味があります。「沖気」は「虚しい気」であると同時に、陰気と陽気を調和させる気となっております。それ自体の力は大きくなくても、それが加わることで、対立している二者を互恵共生の関係に変えてしまうという、触媒的な働きの気なのです。(続く)