No.108 人であれ組織であれ、多くは自分の力で滅びていく

減らすと増え、増やすと減る

がめつくて、事ある毎に損をしないよう注意してばかりいる人は、長い目で見ると、却って損をしているものです。周囲は、その人から少しでも奪われてはなるものかという気分になり、騙されたりしないよう警戒することになります。結局その人は、回りから助けられることが減って、小さい利益に汲々として生活せざるを得なくなってしまいます。

反対に、普段から「損する側」に回って、人に「得」を与え続けているような人は、長期的に見た場合、必ずしも損をしていません。むしろ、得をしていることだってあります。「いつも助けて貰ってばかりで申し訳ない。何かの折りにお返ししなければ」という気持ちにさせ、いろいろな人から恩返しを受けるようになるからです。

そういう世の中の“仕組み”を、老子は「物は、ことによっては減らすと増え、増やすと減ってしまうものだ」と表現しました。減らして手放すと却って増え、増やして離すまいとすると、むしろ減ってしまうという意味です。

これを、王侯の謙り(へりくだり)を受けた言葉として理解するならば、王侯の私利私欲を減らして国民を豊かにすると、王侯自身も一緒に豊かになる。逆に、国民から搾り取るような政治ばかりしていると、結局王侯自身も貧しくなる、ということになるでしょう。

力のある人は、何でも力で解決しようとする

本章の最後は「世間の人が教えるところを、私もまた教えよう。強梁なる者は、まともな死に方が出来ないと。私はまさに、これを以て、教えの父としている」という言葉で締め括られています。

「世間の人が教えるところ」というのは、「世の中一般が教訓として言い習わしているところ」という意味であり、それに基づいて老子は「剛強な力で押し通そうとする者は、まともな死に方が出来ない」と警告しました。「教えの父」とは、教訓の根本という意味です。

人であれ組織であれ、多くは自分の力で滅びていきます。自分(自分の組織)の持っている(持っていた)力によって滅びていくのです。

力のある人は、何でも力で解決しようとします。その結果、しなくてもいい摩擦を起こし、いろいろな恨みを買うことになります。それで、「まともな死に方が出来ない」ということになってしまうのでしょう。(続く)