No.115 老朽化した日本を建て替えるときの順序

国民に阿(おもね)るだけの人気取り政治から決別せよ

政治家であれば、名声や人気の有無を気にするのは当然ですが、それが行き過ぎて国民に嫌われることを極度に心配するようになりますと、いわゆる衆愚政治に陥る可能性が高まります。人々の歓心を買うことに意識が集中し、国民が喜びそうな政策ばかりを打ち出している内に、気が付けば国家が大きく傾いていることになります。そういう政治家では、既得権益の調整的改良くらいまでならやれるかも知れませんが、根本的な改革は決して出来ません。

本氣で改革を志すならば、国民に阿(おもね)るだけの人気取り政治から決別し、理想国家を建設するための改革政治に邁進せねばなりません。その境目は、「安定期の改良」で終わるつもりなのか、「転換期の改革」に踏み込む意志があるのか、という出発点の違いにあります。

その「転換期の改革」も、「旧体制の解体破壊」をやるのか、「新体制の建設準備」を担うのかで動き方が違ってきます。前者の「旧体制の解体破壊」を受け持つつもりなら、時代の突破口を開くために思う存分大暴れし、「新体制の建設準備」は後に続く者に託せばいいでしょう。後者を担うというのなら、突破口を開いてくれた先駆け達の奮闘を無駄にしないよう、その志を真剣に引き継ぐ覚悟が要ることになります。

そして、その新体制建設の求心力の先に、新政府の誕生と、その後の成長発展が待っているのです。新政府が誕生し、やがて社会秩序が成長期に入りますと、体制の骨格となる諸制度が確立していくことになります。新憲法が制定され、新しい文明に相応しい進化した政治機構や経済システムの創造と共に、力強く国家建設が進んでまいります。

党内調整や小手先の改良で終わるような政治家では、何の役にも立たない

今後の日本ですが、筆者はかねてより、2020年頃までに「旧体制の解体破壊」と「新体制の建設準備」を済ませ、新しい社会秩序をスタートさせねばならないと訴えてきました。それより遅れると、世界の激変に耐えられないと見るからです。

2020年に新政府が誕生したとして、一通り体制の骨格となる諸制度が確立するには、(社会秩序の通例からして)50年以上かかると予想します。すなわち2020年から2070年+αという、長い期間を通して新しい日本が興隆していくことになるでしょう。

問題はこの間、東西文明が交代する文明交代期の、そのまた激変期に重なることにあります。おそらく2020年~2050年頃が、東西文明の交代による変動の、一番激しい時期になると思われます。

すなわち、文明の転換という激動を受けながら国家建設を進めるのが、これからの日本の政治家の役割なのです。党内調整や小手先の改良で終わるような政治家では、何の役にも立たないという意味を、この大局観から受け止めて頂きたい次第です。

後れを取ってはならないが、焦って自滅してもいけない

筆者は、若手政治家に対して、あるときは後れを取らぬよう急げと言い、またあるときは焦らずじっくり行けと言います。後れを取るなと言うときは、「新体制の建設準備」を進める際の心得を述べているのであり、じっくり構えよと言うときには、その先に来る新しい社会秩序の諸制度確立を担う場合の心構えを諭しているのです。

また、大した準備も整わないまま「旧体制の解体破壊」の渦に巻き込まれて自滅することのないよう注意するときも、焦ってはならないと述べております。幕末維新期であれば、方向性を持たないまま焦って終わってしまったのが攘夷運動であり、解体破壊のエネルギーが十分出尽くしてから倒幕を果たしていったのが、勝海舟や坂本龍馬、西郷隆盛らの建設運動だったのです。

繰り返しますが、一般に変革期は「旧体制の解体破壊」→「新体制の建設準備」→「新しい社会秩序の諸制度確立」の順序で進みます。老朽化した建物を、新しく建て替えるときの順序と同じというわけです。(続く)